『愛を語るために、女 風をやっている』

はじめまして、ありすです。

都内で女性用風俗店のオーナーとキャストをしています(4年目)。


僕が求めているもの、
それは極論「愛」であって「対話」であって「深いつながり」だ。

女風で「何が愛だ?」という声が聞こえてきそうだが、
言ってる本人は本気なのだから仕方がない。


人には必ず動機というものがある——

その人の価値観や育ってきた環境、周囲の人間や
本とか映画から影響されたもの、
あるいは、
元々本人の気質として持っている性格と呼べるものから
「動機」が生まれる。


シンプルにいうとそれをやりたい「目的」と呼べるものだ。


それは「なんとなく」だと思っていても、
紐解くと、必ず出てくるものだと思ってる。

その動機や目的が
他者と関わることで見えてくる——


誰かと答え合わせがしたいわけでもなく、
むしろ答えが違うね、という確認でもいい。

人は似てる部分がある人に惹かれるという
心理を持っているが、
「似てない」からこそ生まれる対話があり、

「なんでそう思うのか?」の言語化が
何より好きだし、相手のも聞きたいなと思う。



言葉にしない美徳もあれば、
あえて言葉にしてみる美徳もあると思う。



それがいかに陳腐なものであっても、
言葉として発音してみる。

その時に自分の感情がどう動くのかを観察してみる。

言葉に感情が乗るか乗らないか、
はたまた別の事を想起させるのか
それをシンプルに観察するのである。

そこから自己理解というものが
深まっていく過程が好きなのである。



だからSMというものにたどり着いたのだと思う——



性感自体も
ふれあうコミュニケーションなのだが、
SMはまた深い部分での
コミュニケーションだと思ってる。

拘束、首しめ、腹パン、イラマ。。
ドミサブの主従関係
支配されたい願望と、支配したい願望

言葉にしない感情や思いを、
身体を使って全身で伝えたり感じたり、
表現したりする

性的な興奮はもちろんのこと、
「いまここ」という瞬間を
思いっきり感じることができる

普段、思考が強いぶん
考えないでいい時間、
信頼できる相手に身を任せる時間

そういうものを大切にしている。



対話で愛を語り、
性感・SMで身体で愛を感じたい。



そういう疑問や矛盾からしか、
対話は生まれないし、
自己理解も進んでいかない。

そういうやり方でしか、
この世界や自分とのつながりを持つことができないのだ。

が、色々こむずかしい話をしたものの
結局は何も思考を働かせずに


「欲望のままにすること」が
人は一番興奮するのである。


だから毎回、
「お互いの好きなように存分にしたい」
と思うのである。

今日も読んでくれてありがと

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まーーたね


ありす



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