『同じ出来事を見ていても、世界の見え方は全然違う』
同じ出来事を見ていても、世界の見え方は全然違う。
同じ出来事を見ていても、世界の見え方は全然違う。
最近、人との距離感について考えることが増えた。
実際に会う、会わないは関係ない。
誰かとの会話でも、SNSで見かける言葉でも、誰かとの何気ないやり取りでも。
人と関わるたびに思うことがある。
久しぶりに会う友人がいた。
昔だったらもっと深く話せた気がする人。
会えば自然と会話が弾んで、
今考えていることや見ている景色について語り合えると思っていた。
けれど実際は違った。
会話は楽しかった。嫌な時間だったわけでもない。
それでも帰り道、どこか不思議な感覚が残った。
「ああ、今は見ている世界が違うんだな」
そんな言葉がふと頭に浮かんだ。
昔の僕は、人とのズレを感じると少し寂しくなった。
なぜ分かってくれないんだろう。なぜそんな風に考えるんだろう。
そんなことを思うと、自分から距離を取ってしまう。
でも最近は少しだけ違う。
むしろ不思議になった。
同じ出来事を見ているはずなのに、
どうしてこんなにも見える景色が違うんだろう、と。
考えてみれば当たり前のことなのかもしれない。
生まれた場所も違う。育った環境も違う。
何に傷つき、何に救われてきたのかも違う。
読んできた本も違えば、出会ってきた人も違う。
そう考えると、人それぞれが全く別の世界を生きているようなものだ。
最近、コミュニティについて考えている。
(ありす国)
安心して居られる場所。本音を話せる場所。
輪がつながり深く広がる場所。
そんな場所をつくりたいと思う一方で、
人が集まれば集まるほど価値観の違いにも出会う。
同じ言葉を聞いても受け取り方は違う。
同じ出来事を見ても解釈は違う。
当たり前だと思っていたことが、
当たり前ではなかったと気づかされることもある。
そこで初めて分かる。
自分が見ていた世界も、無数にある世界の中のひとつでしかなかったのだと。
それなのに僕たちは時々、自分が見ている世界こそが世界そのものだと思い込んでしまう。
自分の正しさ。自分の常識。自分の価値観。
それを基準に相手を見てしまう。
けれど本当は、
その前に見るべきものがあるのではないかと思う。
この人は、どんな世界を見ているんだろう。
何を経験してきたんだろう。
何に傷ついてきたんだろう。
何を守ろうとしているんだろう。
正しいか間違っているかではなく、
まず知ろうとすること。観察しようとすること。
僕は最近、それが人と関わる上で
一番大切なことなんじゃないかと思っている。
人の数だけ世界がある。
だから面白いし、だから難しい。
そしてきっと、その違いを知ろうとすることこそが、
人と深く繋がる最初の一歩なんだと思う。
こうやって言葉にすることで、自分をも知ることができる。
人を知ろうとしていたつもりだった。
世界を知ろうとしていたつもりだった。
でも本当は、
ずっと自分自身を知ろうとしているのかもしれない。
「この人はどんな世界を見ているんだろう?」
その問いは、同時に、
「私はどんな世界を見ているんだろう?」
という問いでもあるのだから。
それが分かると少しだけ、
心がほっこりすっきりするようなそんな感覚になる。
読んでくれてありがとう
まーたね☺︎
ありす
Natural.i 代表兼プレイヤー
ありす
前職は大手グループ病院の作業療法士。
九州の南国の離島出身です。
性格はのんびりしていますが、穏やかな支配的プレイ が得意で、何より好き。
今まで、たくさんの方の 身体と心 に触れてきました。
気づけば、セラピストとして 4年目 に入ろうとしています。
ずっと「この世界は生きにくい」と感じてきたけれど、
この業界に出会い、性=生きること だと実感しました。
僕自身が 安心して解放され、生きやすくなるきっかけ をもらえたように、
あなたにも、そんな時間を届けられたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
