源氏名:ありす。
久しぶりに、こういう内容のことを書く気がする。
源氏名:ありす。
そう呼ばれるようになって、もう6年目になる。
いつ頃からか、本名で呼ばれることが少なくなり、
一週間、一ヶ月の大半を「ありす」として過ごすようになっていった。
別に、ありすという名前は嫌いじゃない。
むしろ気に入っている。ありすでいる自分も含めて。
だから、そう呼ばれることも、
ありすという存在として関わってくれることも、好きなのである。
ただ、それを自分が「役割」として認識した瞬間から、
だんだんと息苦しくなっている自分がいた。
――ありすじゃないと、おれは愛されない。
――求められているのは、本名の自分じゃなくて「ありす」の方だ。
――ありすで在り続けなければならない。
誰にもそんなことは言われていないのに、
勝手にそう思い込んで、自分の意識に蓋をしていたのかもしれない。
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もう一度言うけど、「ありす」自体は嫌いじゃない。
そう呼ばれることも、
その存在として関わってくれることも好きだ。
ただ、それを「役割」として意識すると、
「やらなければいけない」が強くなる。
誰かと過ごしている時だけじゃなく、
誰とも会っていない時、たった1人でいる時でさえ、
「ありすとして何かやらないと」
が、ずっと頭の中から離れなかった。
ずっと思考し、ずっと考えている状態になっていた。
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この業界に出会ってから、自分と向き合うことが増えた。
そういう出会いばっかりだった。
そうして見えてきた自己分析は、こんな感じだ。
・嘘はつけない。
・感じたことが、言動に出る。顔にも余裕で出る。隠せない。
・考えることも好きだけど、感じることの方が合ってる。
・求められるものよりも、自分が感じるものを出したい。
・感じたものを、誰かと一緒に共有したい。
・感じたものから、自然と身体が動くことをしたい。
自己分析なんて言うと少し大袈裟かもしれないけど、
これがおれ本来の性格なのだと思う。
わがままでもあるけど、
「思ったこと、感じたことを隠せない」と言った方が的確なのかな。
「だって、そう感じてるんだもん」ってなっちゃうねぇ。
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おれは、先に「感じたい」。
感じたことで、行く場所を決めたい。食べるものを決めたい。飲むものを決めたい。
誰と過ごしたいかも、何をしたいかも、感じたことで決めたい。
性感もプレイも、相手を感じながら、好きなようにしたい。
おれはエンパス気質なのか、
相手が感じていることや考えていることが伝わってくることが多い。
それ自体をなくしたいわけじゃない。
むしろ、人を感じることは好きなのだと思う。
でも、相手を感じ取ったからといって、
相手に合わせて自分を決め続けるんじゃなくて、
相手を感じた上で、
「それでも、おれは何を感じている?」
を大切にしたい。
そして、自分が感じたものをそのままに、好きなように動きたい。
なんと、わがままなことでしょう。
でも、それがきっと「思考」や「役割」からの解放に繋がっているのだと思う。
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ありすをやめたいわけじゃない。
本名の自分だけが本当の自分だとも思っていない。
本名の自分も、ありすも、どちらも、おれなのである。
ただ、「ありすでいなければならない」からは、自由でいたい。
感じたままに動き、感じたままに生きる。
行く場所も、食べるものも、一緒にいる人も、抱きたいと思うことも。
感じるままに、あるがままに。
そうしたいのである。
それがきっと、おれにとっての「解放」なんだと思う。
その先で自分が何を感じるのかを、
きっとおれ自身が感じてみたいのである。
読んでくれてありがとう。
またね ☺︎
ありす